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◆主と共に生きる◆信徒の証し

NO.041   2018.04.08

■中島泰子

 

私には3人の子供がいて内二人は思春期の嵐の中にありました。一体この嵐から逃れるにはどうしたらよいかと途方にくれていました。三人の子供に恵まれても未熟な母親にとって産みの苦しみより辛い毎日でした。何とかしてこの家庭を変えなくては、風穴を開けなくてはいけないと考えた末に、犬の里親の会があることを知り、浦和に出掛けました。駅前に着くと目の前にはケージの中にたくさんの柴犬が入れられていてました。全て捨てられ保護された犬でした。一匹だけ毛布にくるまれ抱っこされている黒い仔犬がいて、この仔犬は対象外ですか?と尋ねると、対象だと言ってくれました。家族構成や仕事の時間等の話の結果、審査が通り、2003年12月23日、その子は我が家にやって来てくれました。生後3ヶ月程で常に笑顔で優しい犬でした。
犬に子供たちも段々と馴れていき親しみを覚えて人間を散歩へと連れ出してくれるようになりました。当時流行った「アニー」という映画で孤児院の孤児たちが拾い一緒に暮らした犬がサンディーだったので、迎え入れた犬もサンディーと名づけました。犬が来たからと言って直ぐに家庭が良くなるなんてないと思っていましたが、やはり家庭内はかなり荒れていました。しかし、サンディーはどんな事が起きても常に笑顔でした。
私は以前からサンディーは神様からの使命で送られてきた犬に違いないと思っていました。ある日、サンディーという名前の由来を調べてみると、アレクサンドリア王から来ていていろいろに辿りサンディーとなったようで、「プロテクター」「護る人」とありました。私はびっくりして、神様は既に我が家の大変さを見てくださっていてサンディーを送ってくださったと思いました。犬ですから人間に注意したり叱ったり諭したりする訳ではありませんが、サンディーは護る笑顔をし、私たちの心の傷みを吸い取り励ましてくれるのでした。また、神様のご計画の中で我が家に来てくれたと思うと心からいとおしく思えました。
残念な事に昨年9月に皮膚がんのメナローマで左下あご半分を切断する大手術を受けました。が、驚くことにまた、動物病院から帰って来ても笑顔でした。左目下まで縫われた跡もありましたが、痛みに耐えどんな姿になっても神様の使命を忘れず実行することにこの犬の芯の強さを見ました。私には到底出来ないことで、犬からたくさんのことを学びました。
苦しい時、御言葉を口にして思考の展開をすることが必要と思い、御言葉の重要性を感じていましたが、
私があなたがたを愛したようにあなたがたも互いに愛し合うこと これが私の戒めです」(ヨハネ15:12)、「互いにひとつの心になり、高ぶった思いをもたず、かえって身分の低い者に順しなさい。自分こそ知者などと思ってはいけません」(12:15)の御言葉を思い出しました。
今年で15歳を迎えるサンディーは大型犬としては長生きしてくれました。しかし、皮膚がんが再び喉に転移して呼吸が苦しい時があり天国へ向かう日も近くなりました。しかし、どんな姿になろうとも一生懸命に生きようとする姿、使命を果たそうとするその姿に学ばなければ神様から送られてきた意味がなくなると思いました。生まれて間もなく人間に捨てられたのにも関わらず、人間に寄り添い、我が子たちを救ってくれた御使いの犬・サンディーと、その子を与えてくださった神様に心から感謝します。

(中島泰子)

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