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◆主と共に生きる◆信徒の証し

NO.439 2025.11.30

■黙想エッセイ

 

初代教会の信徒たちが多くの迫害を受けたことは、よく知られています。ユダヤ人たちによる迫害もありましたが、ローマによる弾圧は皇帝が中心となったものだったので、より恐ろしいものでした。イエス・キリストを信じると告白することは、コロッセウム円形闘技場で猛獣の餌食になる心の準備がなければできませんでした。ヨハネの黙示録は、このような激しい弾圧が極みに達していた時期に、初代教会の信徒たちを慰め、希望のメッセージを伝えるために書かれた手紙です。
苦しみの中にいる信徒たちにとっての唯一の希望は、「すぐに来られるイエス」 と 「天の御座におられる神」 でした。彼らは常にキリストの再臨を待ち望み、神様の御前で生きていたので、死を恐れず、ただイエスだけが救い主であると告白することができたのです。ところが近頃は、イエス様を「すぐに来られる方」ではなく、「来るのか来ないのか分からない方」であると考えている人が大勢います。この世のものを愛しながら、再び来られるイエス様を待ち望むことはできません。
主の再臨を待ち望む信徒は、日々目を覚ましてみことばを守ります。そのみことばは難しいものではありません。親が子どもに「横断歩道では必ず信号が青になったのを確かめてから渡りなさい」と言い聞かせるように、神様は私たちに安全といのちのみことばを与えてくださいます。子どもが愛する親の言いつけを守るように、私たちはほかの何かのためではなく、神様を愛する心で、今与えられたみことばに聞き従わなければなりません。そうすれば、終わりの日に称賛と栄光を受けることでしょう。

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