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◆主と共に生きる◆信徒の証し

NO.446 2026.01.18

■黙想エッセイ

 

私が初めてアメリカに行ってショックだったことの一つは、アメリカのような先進社会にも家がなくさまようホームレスがたくさんいることでした。彼らは仕事がなくてそのような生活をするのではありません。お金が少しでも手に入れば、すべて酒とギャンブル、麻薬に使ってしまうのです。 なぜでしょうか。未来への期待がないからです。絶望に慣れてしまっているのです。彼らに必要なものは職場ではなく、お金でもありません。絶望を克服できる本質的な癒やしです。
イエス様は「良くなりたいか」と尋ねられました。 彼にとって本当に必要なのは、このまま生きていくわけにはいかないという意識、すなわち現状維持を拒んでもがくことです。真の癒やしは、慣れてしまった絶望を拒否する宣言から始まります。「私は癒やされたい! 救われたい! 変わりたい!」という意識の覚醒が必要なのです。イエス様は、世俗的な解決法には関心がありません。ですから、私たちがその解決法をあきらめた瞬間、主だけの解決法、癒やし、救いが始まります。本当にイエス様に癒やしを求めるなら、私たちが慣れてしまっている解決法を拒否しなければなりません。我先に成功の池に入ろうと横入りすること、人脈や権力を用いて他人を押しのけ一番前に割り込もうとすること、お金を使って反則をしてでも成功を買い取ろうとすることなど、これまで当たり前だと思ってきた解決法をすべて捨て去るとき、ようやく真の望みを見出すことができます。
主は今日も尋ねられます。 「良くなりたいか」と。

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