「神の家に住む幸いな人たち」
「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らはいつもあなたをほめたたえています。」 (詩篇84:4)
愛する兄弟姉妹の皆さま、新年明けましておめでとうございます!2026年、新しい年がスタートし始めました。今年一年も私たちの主に期待し、主の御言葉から私たち一人ひとりに必要な御声を聞いていきましょう。主は時期に適って必要なマナを天から与えてくださる良い父です。天の父が与えてくださるものは良いものであり、私たちを良いもので満ち溢れさせたいと願っておられます。そのことを心から信じ、主の御前に大胆に進み出る者となっていきましょう。「…神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければなりません。」(へブル11:6b)にあるとおりです。
特に今年一年、神の家での礼拝と交わりを大切にしていきましょう。神の家は生ける神と出会う場所です。神の家を慕う心が我らの心により強い願い求めとなっていくことを心から祈ります。詩篇84編は、神と神の家に対する巡礼者の愛と憧れを謳った詩篇であり、神の家に住まう人たちこそが幸いなのだと言っています。「なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らはいつも、あなたをほめたたえています。」(詩篇84:4)。「幸い」とは、文字どおり「幸せ、幸福」です。この詩篇の作者は「幸せな人たち」とは、神の家に住まう人たちであると力強く告白しています。
この詩篇84篇の作者は、神の家を慕い求める願いを強烈に持っています。「万軍の主よ。あなたの住まいはなんと慕わしいことでしょう。私のたましいは主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も身も、生ける神に喜びの歌を歌います。」(84:1-2)。「恋い慕って絶え入るばかり」というは、愛する人のことを考えるとその人への愛の衝動があまりにも強く、自分の中で制御不能で抑えきれない心情を表現しています。寝ても覚めてもその相手のことばかり思ってしまう、恋とは人をそのようにさせてしまう魔法のようです。この箇所の対象となる相手はもちろん神様であって、巡礼者は神の家、神の御住まいに向かっている最中、そのような恋心をもって歩いていたと思います。そして恋心とともに喜びが溢れていたため、喜びの歌を歌いますと言っています。「喜びの歌を歌います」というのは、喜びのあまり叫び声をあげるという意味です。叫ばずにはいられない、そんな喜びが泉のように巡礼者の心から溢れ出し、それが喜びの歌となっていたのです。私たちの心にも、この巡礼者のような主を慕う情熱の愛が燃やされていきますように。そしてあらゆる集会の中で、声の限りを尽くして、喜びの歌を主にささげていきましょう。「私の魂は主よ。あなたを恋い慕って絶え入るばかりです」と祈る兄弟姉妹となっていきますように。
そして神の家には神の力が溢れています。「なんと幸いなことでしょう。その力があなたにあり」(84:5)とありますが、「あなたのうちに力を見出す人は幸いである」と訳している翻訳もあります。ネヘミヤ記には「主を喜び祝うことこそ、私たちの力です」とありますが、私たちのまことの力は主ご自身から来ます。その力を受け取るには、神の家に住まい、主の御顔を拝し、感謝と賛美をささげる中で受け取っていきます。また祈っていく中で降されていくのです。今年一年、神の家である教会で神の御力を受け取っていく教会となっていきましょう。神の御力を兄弟姉妹たちが受け取られ、教会が受け取っていくなら、ハデスの門もこれに打ち勝つことはできないと信じます!2026年、兄弟姉妹の上に神の祝福が豊かに注がれますよう心からお祈り致します。
