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現代に生きる新約

NO.909 2026.01.11

「成熟した大人の食べ物」      へブル人への手紙  5章11節- 14節    井上圭 伝道師

 

年頭に当たりこの一年の目標や計画を立てるのは有益です。クリスチャンライフにも成長する喜びがあります。
神の子としての成長過程には幼児、子ども、青年、成熟した大人という4つのステージがありますが、今日の聖書箇所では幼子と大人の対比がされています。メルキゼデクについて解き明かそうとしていますがこの教会員は「聞くことに対して鈍くなっているから」(ヘブル5:11)理解することが困難だと言っています。鈍るというギリシャ語には怠惰になるという意味もあります。怠惰な信仰生活をしていると霊的な感覚が鈍くなり、自分の肉の感覚が強くなります。「あなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神が告げたことばの初歩を、もう一度だれかに教えてもらう必要があります。」(ヘブル5:12)ここでの教師とは霊的指導者だけのことを指すのではなく、すべてのクリスチャンがみ言葉を教える教師になるべきだと言っています。
「…あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。」(マタ28:19‐20)というイエスの大宣教命令は私たち一人一人に対してです。教える賜物がある人が教えるのではなく、クリスチャンは誰でも教えられるように成長していくべきです。そのために弟子訓練があります。信仰のイロハの学びで重要なのは実際にみ言葉を聞いて行いそれに生きることを学ぶことです。共にみ言葉を学び、一緒に成長していきましょう。
「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。…」(Ⅰペテ2:2)神のみ言葉は霊の乳であり、み言葉を飲むほどに成長します。そして徐々に離乳食や咀嚼できる食べ物を与えてトレーニングします。「乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。」(ヘブル5:13)とあります。義の教えとは、神の基準に沿った生き方です。み言葉を聞くだけでなく実践し訓練して大人へと成長しましょう。
義の教えに通じていないと自分自身で善悪の判断をし、自分の義に生きることになりそれを「不潔な衣」(イザ64:6)を覆っている状態だと言っています。アダムとエバがいちじくの葉で体を覆ったのはその象徴です。神の義で最も重要な2つの戒めは「神を心、いのち、知性、力を尽くして愛しなさい」「隣人を自分自身のように愛しなさい」でありこれが神のみ言葉の柱であり律法の要です。この2つの戒め(Great Commandment)と大宣教命令(Great Commission)は信仰生活の柱であり、これを実践する人が成熟した大人へと成長できます。
年数の多いクリスチャンが幼子のように振舞っていたらどうでしょうか。子供のような純粋な信仰と子どもっぽいとは別です。ミルクだけではなく固い食物を食べなければいけません。「固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。」(ヘブル5:14)神が与えてくださる固い食物は霊的な大人のものです。「そこで、私はその小さな巻物を御使いの手から受け取って食べた。口には蜜のように甘かったが、それを食べてしまうと、私の腹は苦くなった。」(黙10:10)巻物とは神のみ言葉です。苦いみ言葉が私たちの霊的健康には必要なのです。ここで気を付けるべきはSNSにより間違った情報を受け取って混乱することです。私たちは自分の耳に聞こえの良いものをえり好みして、都合の悪いものを聞かない傾向があります。「…人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みにしたがって…」(Ⅱテモ4:3)聞く耳が鈍ると神の御心よりも自分の好みを優先させます。私たちを成長させて最後まで面倒を見てくださるのは神で、成熟した大人へと一歩一歩造り変えてくださいます。「あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。」(Ⅰペテ2:3)私たちの霊が眠ったままでは体感することができません。成熟したクリスチャンは霊的感覚を通して五感をフルに使って神を体感することができます。信仰は聞くことから始まり、聞き従うことで成長します。
今年一年私達はみ言葉によって霊的な識別力を養い、違いの分かる大人へと共に前進していきましょう。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 自分自身を評価するなら、幼子、子ども、青年、大人のどのステージにいると思いますか?
    またどのステージを目指したいですか?
  2. 固い食物の御言葉を咀嚼していますか?
    善と悪を御言葉から見分ける感覚が養われていっていますか?

 今日の暗唱聖句

 

「固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。」(へブル人への手紙5章14節)

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