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2025.01.05

「Sonshilp (サンシップ)-神の子どもとして生きる」

 

「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と叫びます。」(ローマ8:15)

 

新年明けましておめでとうございます。いよいよ2025年がスタートしました。今年一年も主に従い歩み、祝福と恵みを豊かに受け取り、そして周りに溢れ流す者たちとなっていきましょう!
元旦礼拝でもお分かちしましたが、今年はさらにキリストに結ばれ、父なる神に愛されている “神の子ども”としてのアイデンティティに堅く立っていく一年にしていきたいと願います。そのために必要なことは様々ありますが、三つのポイントでお分かちしました。
まず一つ目のポイントは、「イエス様のもとに来て、イエス様を見出す」ことです。イエス様が
12弟子たちを招いた時、ナタナエルはピリポを通してイエス様のもとに導かれました。彼は最初、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(ヨハネ1:46)と、懐疑的でした。しかしピリポは「来て、見なさい」(ヨハネ1:46)とナタナエルをイエス様のもとに招いたのです。「来て、見なさい」は原語的に、「主体的にイエスのもとに来て、努力してイエスを見出しなさい」という意味です。ピリポを通してイエス様がそのようにナタナエルを招きました。そして彼はイエス様のもとに自ら遭いに来たのです。私たちも今年一年、イエス様のもとに出て行き、イエス様を熱心に探し求め、見出していきましょう。
二つの目のポイントは、「神の御言葉を黙想し、祈るライフスタイルを実践する」ことです。ナタナエルがイエス様の方に向かって来るのを見て、イエス様は彼を「あなたはまことのイスラエル人だ」と評されました。その理由は、イスラエル人はいちじくの木の下で神の御言葉を黙想し、祈るライフスタイルを実践していたからでした。特にナタナエルは日常的、継続的な御言葉の黙想と祈りの生活をしていました。イエス様が「あなたがいちじくの木の下にいるのを見ました」(ヨハネ1:48)という言葉は、ギリシア語の現在進行形で書かれているので、継続的にいちじくの木の下にナタナエルがいたことが伺え知り得るのです。クリスチャンの信仰生活も神の御言葉の黙想と祈りが、信仰生活の基本、また肝だと言っても過言ではありません。ぜひ今年、チャレンジしていきましょう。神の御言葉の黙想と祈りのライフスタイルを構築し、いつもぶどうの木であるイエス様に繋がり、豊かないのちの祝福を受け取っていきましょう。父なる神の愛を受け取り、「私は御父に愛されている神の子」としてのアイデンティティを築き上げていきましょう。
そして三つ目のポイントが、神の子どもとしてのアイデンティティを確立するためのものです。それは御父との交わりによって、「Sonship(サンシップ)を構築する」ことです。Sonshipとは、父なる神の子どもとしての確信に立つということです。「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と叫びます。」(ローマ8:15)。私たちは恵みによってイエス様を信じ、御霊が注がれて神の子どもとして「アバ、父」と呼び求める者とされました。御父なる神とのSonshipを構築するのは、御言葉と祈りによる個人的な交わりが不可欠です。この個人的な交わりこそ、御父の愛を体験できる秘訣です。どうか今年一年、私たちのために独り子を与えるほどに愛してくださっている父なる神の愛の広さ、高さ、深さ、長さを豊かに受け取る一年としていきましょう。祝福をお祈りしています。

 

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