>>バックナンバー一覧

2018.06.03

「捕らわれからの解放」   ルカの福音書8章26-39節   西田育生牧師

 

 「…捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」(ルカ4:18-2)とは、イエスがこの世に来られた目的です。今週の聖書箇所は、悪霊に憑かれていた男がイエスと出会い、その悪霊から解放されるまでについて描かれています。
 彼は墓場を住処としておりいつも裸でいました。そして、鎖をちぎり足かせを砕くほどの異常な強さを持っていました。このように、悪霊は人を混乱させ縛り支配するほどの力を持っていますが、私たちはこの悪霊というものに対してあまりにも無知です。「愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。…なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。」(Ⅰヨハネ4:1)とあるように、霊だからといってむやみに心を開いてはいけません。その姿は「…サタンさえ光の御使いに変装するのです。」(Ⅱコリント11:14)と、私たちを惑わし虜にしてしまう、恐ろしい悪霊かもしれないのです。「私たちの格闘は…主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」(エペソ6:12)とは、私たちがクリスチャンになってからの戦いです。イエスは、彼自身を責めたのではなく、6000名というレギオンと呼ばれるローマ軍隊の一師団に相当する数の悪霊に対して、断ち切りと追い出しの祈りを行ったのです。
 「…あなたがたの敵である悪魔が、…食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」(Ⅰペテロ5:8)とありますが、これこそが悪霊の真の姿です。私たちが悪霊に対して心を開いてしまうとその領域が悪霊の足場となり、心に入り込む扉になってしまうのです。悪霊が入りこむ扉とは、以下の4つです。
1つ目は「恐れ、それも非常に強い恐れ。個人に対するものや、死への恐れ」です。「これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」(ヘブル2:14-15)とは、まさにイエスの姿です。ですから、イエスの御名の権威によって、そのような恐れは即刻断ち切る必要があります。2つ目は「憎しみや赦さない心。個人やグループに向けられる非常に強い怒りや赦さない心」です。「…『悪いやつだ。お前があんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。…』主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。」(マタイ18:32-34)とは、自分は借金を放免されたのにもかかわらず、仲間の借金を取り立てたため、主人の怒りを買った人の話です。こうした怒りや赦せない心も、悪霊が入り込む足場となってしまいます。3つ目は「特定の性的な行為を含む罪。性的虐待。強姦。自殺行為。麻薬。偶像礼拝」です。これは「…『ふたりの者は一心同体となる。』と言われている・・・」(Ⅰコリント6:16)ほど強力な力を持っています。4つ目は「魔術的な行為や誓い(レビ記19,20章)、占い、まじない、カード、悪霊的なゲームやビデオ、誓いや呪い」です。このようなものも悪霊との結びつきを強くしてしまい、私たち自身が手放すことを難しくさせてしまうのです。
 しかし「それは、イエスが、汚れた霊に、この人から出て行け、と命じられたからである。」(ルカ8:29)とあるように、これらの扉はイエスを前にしては無力と化します。ですから「悪霊に与えられている権威を放棄すること。そして、見極めて傷つけた人を赦し祝福すること」「悪霊をイエスの御名の権威によって断ち切ること」「悪霊を追い出す」といったことを行う必要があります。悪霊に取りつかれていた裸の男はイエスによる断ち切りの祈りによって悪霊が追い出され、正気に返りイエスの足元に着物を着て座っていました。
 私たちは、神の主権の元に生きる必要があります。悪霊に足場を与えないために、否定的な感情や犯した罪は神のもとに差し出す必要があるのです。神は私たちを解放させたいと願っておられます。ですから即座に否定的な感情から解放され、神の恵みを受け取っていくものとなっていきましょう。


≪分かち合いのために≫

  1. ゲラサ人のような混乱状況に陥っていることはありますか?中々手放せないものはありますか?
  2. 主イエスの御名の権威を信じるとはどのようなことでしょうか?
  3. 自分も霊的解放が必要だと思いますか?もしそうなら、先ず牧師に個人的に相談してみましょう。

 

 今日の暗唱聖句

 

「神は孤独な者を家に住まわせ、捕われ人を導き出して栄えさせられる。」(詩篇68:6a)

 

>>バックナンバー一覧