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2018.04.08

「人生の回復が始まる」   ヨハネの福音書21章15-25節   西田育生牧師

 

ペテロはイエスにあなたが死なれるなら私も死にますと言ったが故に敗北感がありました。イエスがよみがえったので嬉しいのですが彼の中には本当の平安がありません。ペテロは弟子の資格はないと思ったのでしょうか、ガリラヤに戻って漁をしていました。一晩中魚が取れなかったのに、船の右側に網を下ろすようにと男の人に言われたのでその通りにしたら153匹もの魚がかかり、それがイエスだとやっと分かりました。一緒に食事をした後ペテロに語って下さったのです。そんな弱さを私たちも持っていないでしょうか。
ペテロにはプライドや比較意識、一番秀でたいという競争心がありました。競争意識の中には優越感と劣等感しか生まれません。人と比較しながらでなく神の前にどう生きるかということがポイントなのです。人生の困難に遭った時にどんな価値観で行動するかという問いかけでもあります。
素晴らしいことにイエスはペテロが立ち直るために出会ってくださいました。イエスが私たちに出会ってくださるのは立ち直らせ回復させるためなのです。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」(ヨハネ21:15)イエスは3回、私を愛しますかと尋ねられました。「この人たち以上に、私を愛しますか」とは、ほかの弟子たちがイエスを愛する程度以上に私を愛しますかという比較です。以前のペテロだったらほかの弟子以上にあなたを愛しますと当然のように言えたのに今はそうではありません。ペテロは「あなたがご存じです」と謙遜した言い方をしています。ここでイエスはアガペーの愛(犠牲的な愛)を用いましたが、ペテロはフィレオの愛(人間同士の愛)で答えました。3度問われたペテロはイエスを3度知らないと言ったことを思い出し、心を痛めました。これは外すことのできないことでした。イエスはアガペーの愛で愛してくださるのに、応答する私たちはフィレオの愛でしかないのです。その弱さを自覚しながらもイエスとの関係を通して回復させていただくことが大事です。人との比較の中では優越感を感じるか劣等感に陥るかしかありませんが、主を見れば自分の弱さが正しく理解できます。自分には足りないところがいっぱいあると弱さを認めて神の前にへりくだる事のできる人は神の恵みに生きることができるようになります。「・・・この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく・・・しかし、神は知恵のある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。・・・有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。・・・まさしく、『誇る者は主を誇れ』と書いてるとおりになるためです。」(Ⅰコリ1:26-31) 私たちに必要なのは強くなることではなく弱さの内に働かれる神の力を体験し神に訊いていくことです。不必要なプライドや握っているものを手放すことが大切です。私たちが生きることができるのは神の恵みです。
「・・・イエスは彼に言われた。『わたしの羊を飼いなさい。』」(ヨハネ21:17) 羊とはまだ救われていない人であり、それを養い育てる道を示したのです。更に「私に従いなさい」と言われました。私たちに与えられている使命に目覚めて生き始めるということです。礼拝や日々のディボーションで主が貴方に何を語っておられるかを聞きましょう。「私は使徒の中では最も小さい者であって・・・ところが神の恵みによって、私は今の私になりました。・・・それは私ではなく、私にある神の恵みです。」(Ⅰコリ15:9-10) 私たちも弱い者ですが主の愛があれば前に踏み出すことができます。主の促しによって強く生きる者になりましょう。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 今まで、人生に挫折したり、敗北感を味わったりしたことはありますか?その時どう感じましたか?
  2. ペテロのように「私を愛しますか」とあなたにイエス様が問われたらどのように応答しますか?
  3. あなたにとって主に従うとはどのようなことでしょうか。

 

 今日の暗唱聖句

 

「『ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。』
ペテロはイエスに言った。『はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。』
イエスは言われた。『私の羊を牧しなさい。』」(ヨハネ21:16)

 

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