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2017.12.31

「恵みの年を告げ知らせよう」  ルカ福音書 4章14―21節     西田育生牧師

 

今年最後の礼拝です。もう数時間で新しい年を迎え新しい気持ちになります。いつもと同じように時間が過ぎているだけなのに特別なものに思えます。イエスもいつもと同じように会堂に入り、講壇に立たれるとイザヤの書が手渡されました。ナザレでの第一声であり公生涯における宣教の始まりです。イザヤ書を朗読すると「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました。」(ルカ4:21) と宣言しました。民衆は「みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた。」(同4:22) のです。注目したいのは「やがて実現するでしょう」とは言わずに、聖書のみ言葉がすでに実現した、と宣言したのです。私たちは聖句を読んでどう思うでしょうか。神の言葉は必ず実現するのですから「やがて実現する」のでなく「すでに実現した」と先取りするのが信仰です。聞き流す人もいるかもしれません。「やがて」ではなく「今、この時」実現したと信仰によって受け止めた人にこそ神の御業が起こるのです。
「わたしの上に主の御霊がおられる。・・・」(同4:18) と切り出しました。イエスですら聖霊の導きを得たのです。弟子たちも「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。・・・」(使徒1:8) と、聖霊を待ち望みました。この時代でも聖霊の力は必要です。物事が順調に進むと自分の力で進めたのだと高ぶってしまうことがあります。しかし人の力には限界があります。信仰が深まるほど聖霊の力の必要性を感じるでしょう。ルターは「最も大きな試練は、試練のないことである」と述べました。試練を乗り越えてこそ人は磨かれ、人間的に大きくなるものです。試練を乗り越えるのは聖霊の助けがあるからです。
イエスはイザヤ書を通してご自身の使命を告げました。その使命とは、「貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから・・・」(ルカ4:18)と福音を伝えることです。
福音の第一は「捕らわれ人には赦免を」(同)与えることです。捕らわれ人とは身体的に捕捉されているだけではありません。精神的に何かに束縛されていることがあるでしょう。罪の赦しが必要とは思わないでしょうか。金銭的に債務を負ってはいないでしょうか。何かに夢中になって中毒症状に陥っていないでしょうか。赦免とはそれらからの解放であり自由になることです。第二に「盲人には目の開かれること」(同)ことです。身体的に目が不自由な人が見えるようになるばかりではありません。頭でわかっているけれどまだ見えていないことはないでしょうか。言葉で聞いているけれど実はよくわかっていないことはないでしょうか。色々なことに覆われているので神の言葉の真理が見えなかったりするものです。そういうことに光を投じ、理解を深め、聖書の言わんとすることを理解することです。そして第三は「しいたげられている人々を自由に」(同)することです。キリストを信じるとこれらのことが身に起こることを伝えましょう。そして最後は「主の恵みの年を告げ知らせる」(同19)ことです。主の恵みの年とはヨベルの年(レビ記25章)のことです。7年×7の翌年、つまり50年目にはすべての負債は帳消しになり、借金のかたも免除されるという特別な年です。キリストを信じるとこれらの解放がなされることを伝えましょう。
クロノスの時に対してカイロスの時(意味ある時)があるように、ロゴス(単なる言葉)に対してレーマがあり、それは「意味のある言葉」を意味します。今日聞いた御言葉は単なるロゴスかもしれません。しかし、聖霊の力を受けることによってそれは意味のある生きた言葉(レーマ)に変わります。祈祷会などで聖霊を求めましょう。神の言葉はすでに実現したと信仰的に受け取りましょう。そこからキリスト者としての自分の使命を汲み取りましょう。聖霊の力を借りて、主の使命に活き活きと生きる者になりましょう。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 今日、神のみ言葉をどのように受け止めましたか?
  2. あなたは主の果たされた使命をどのように受け止めていきたいですか?
  3. 聖霊の力を受けるためにどのようにチャレンジしていきますか。

 

 今日の暗唱聖句

 

 「わたしの上に主の御霊がおられる。
主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油をそそがれたのだから。主はわたしを遣わされた。
捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。
しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」
(ルカ4:18-19)

 

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