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2020.05.24

「いのちのことばを握る」  ピリピ人への手紙 2章12節-18節   西田育生牧師

 

人生には無駄な事はないといいますが時として自分にとっては試練と感じることが起こります。イエスに救われたことは大きな恵みであり感謝です。けれども恵まれただけでなく成長することが必要です。「主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか」(ヘブル12:6-7)神は私たちを愛しておられるので私たちを成長させるために様々な試練をお与えになります。訓練は自分にとって辛いと思うこともあるでしょう。辛い試練も神が私たちに下さる成長の糧と思えたら幸いです。神の訓練を受けていると思えば人生に問題が起きても祈ることができます。「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです」(Ⅱコリント3:18)訓練は神が私たちを主と同じかたちに変えて下さるプロセスなのです。ですから神の訓練を軽んじないようにしましょう。
これを別の言い方をすると恐れおののいて救いの達成に努めるということです。恐れおののくとは畏敬の念であり救いの偉大さ、恵みを感じることです。「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ1:12)救われたことは特別な事でイエスを信じる私たちには神の子どもとしての特権が与えられているのでそれを用いて祈りましょう。神は祈りに答えて働いて下さいます。すると感謝し救われた価値に気づいて人生が変わってきます。「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います」(マタイ13:44)神の救いは全財産をかけて買いたいほどの値打ちがあります。
そのような神の救いをいただいている私たちには神から与えられた一人ひとりに違った使命(志・目的)があります「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせて下さるのです」(ピリピ2:13)自分の立てた目標通りに事が行かないことが多いものです。自分の目標のために人生をかけていた場合には目標が達成できないことを受け入れるのは辛いことです。しかし目標が達成できなくても人生は終わりではないのです。神はご計画の達成のために私たちに方向転換を強いることがあります。目標は神の私たちへの目的を達成するための具体的なステップです。目標と目的を混同しないようにしましょう。
自分の思い通りにならないときには、つぶやかず自分の握っているものを手放して「自分への神の目的は何か」を祈りましょう。神は必ずあなたへのご計画を教えて下さいます。そして神の働きが起こります。自分の思った通りにならなくても神のご計画が達成すればよいのです。そのために、つぶやかず、疑わずに柔らかい心で神に向かいましょう。人は思い通りにならないと不平不満を言ってつぶやきます。つぶやいてばかりいると、神のみ心がわからなくなり、神に対する疑いが生まれます。疑いとは理屈のことです。人の理屈と神の理屈は違うのです。「ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです」(ヤコブ1:6)私たちは神はどう言われるかを考え神を信頼していきましょう。
「使徒となったパウロ――私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです」(ガラテヤ1:1)これはパウロの召命感を表したみ言葉です。パウロほど人から非難された人はいませんでした。けれども彼は生き方を変えませんでした。なぜなら彼には、自分は神に選ばれたという確信があったからです。ですから、迷った時にはもう一度、神はあなたの友であり、あなたを救い、あなたを導いておられ、あなたを召して神の使命のために立てておられることを思い返しましょう。
自分の思い通りにならなかったとしても、神のご計画が達成されることを選び取り、自分を振り返る者になりたいと思います。自分の思いや願いと違っても神がみ心のままに志を立てさせて下さっていることをしっかり受け止めて疑わず、つぶやかずに主のみ言葉を握って歩む者になろうではありませんか。

 

≪分かち合いのために≫

  1. 救われていることの素晴らしい価値と恵みを体験しておられますか。
  2. あなたに与えられている神様からの志はどのようなものでしょうか。
  3. 純粋で傷のない神の子として整えられるためにチャレンジすることはどのようなことでしょうか

 

 今日の暗唱聖句

 

傷のない神の子どもとなり、いのちのことばをしっかり握って彼らの間で世の光として輝くためです。
 (ピリピ2:15b-16a) 

 

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