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 ■使徒の働き 5/26/2024

 

ですから、私の判断では、異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません。ただ、偶像に供えて汚れたものと、淫らな行いと、絞め殺したものと、血とを避けるように、彼らに書き送るべきです。モーセの律法は、昔から町ごとに宣べ伝える者たちがいて、安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。」(使徒15:19-21)

 

エルサレム会議における最大の議題である割礼問題はペテロやパウロの証などで結論に近づいていました。割礼というユダヤ人も負えなかった救いのしるしを異邦人も負わなければならないということは必要はないことに、神様が導かれていくのでした。
 12使徒の代表者でもあるヤコブは両方の意見を総括して、結論を述べます。それは神に立ち返る妨げとなる割礼は受ける必要はないことでした。
「恵みにより信仰により」救われるという結論がユダヤ人、異邦人に対して決定していくことになります。しかし、長年割礼を受けていたユダヤ人のこともあり、彼らに対する配慮を提示します。
その第一は偶像に備えられたものは食べないこと、第二は不品行の戒め、採算は絞め殺したものの血を食べないことでした。このことを守れば、割礼は不要であるという結論に達したのです。
私たちクリスチャンは律法や戒めで救われたのではありません。一方的な神様の恵みです。しかし、周りに対する配慮を無視するのではありません。中には様々な文化的な背景を持ったクリスチャンもいます。肉は食べないという主義の人もいるでしょう。それを互いに無理強いしてたべさせようとしたりしないことです。
意外と自分たちが良いと思っていることが相手に負担になっていたり、関係の妨げになっていたりする場合があるのです。ですから自分の正しさを強調しすぎるとそれが福音を証しする妨げになるので気を付けなければなりません。
私たちが伝えるのはキリストの恵みの福音です。そのことに心を向け、救いに対して本質的なことか、それとも付随的なことなのかを見極める知恵と判断力が必要となります。このことを徹底するために、エルサレム教会はユダとシラスという指導者をパウロと共にアンティオキア教会に派遣し、周知徹底することにしたのでした。