◆主と共に生きる◆信徒の証し

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2022.09.18

■黙想エッセイ

 

私は人に対してどのような態度で接しているかによって、神様と自分の関係を点検します。それが最も正確なバロメーター (状態を知る基準) だからです。人に優しくできるのは、自分がすべてうまくいっている時ではありません。むしろ、失敗して転んで、神様の御前で泣き叫んでいる時です。そんな時は人が何か自分に過ちを犯したとしても、あまり気になりません。自分が神様の恵みなしでは立ち上がれないようなとき、ほかの人に優しくなることができるのです。
それで、私はいつも「主の恵みを私のたましいのそばに置き、人の過ちを覆うことができますように」と祈ります。私の中で恵みが底をつくと、人に対して厳しくなります。
人に寛大であるのは、それだけ私の中に恵みがあるという証拠です。このように私が受けた恵みと人に対する態度は、ダイレクトに繋がっていて、比例します。私の品性は、主のいつくしみによって毎日削っていただかなければトゲトゲしくなるしかないほど、欠点だらけだからです。
自分の義が強いと、人に対して優しくなれません。それで神様はそれを壊されます。自分自身に深く失望したとき、私たちは人に対してさらに優しくなれます。
十字架から流れ始めた恵みの終着点は、 私たちの心ではなく、この地の果てです。私だけが赦されて終わりではなく、その恵みの恩恵はほかの人たちにも流れていくのです。

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